先日、「星の王子さま」を読んだ。
以前も読んだことある気がするんだけど、全然覚えてなかった。

読んで思ったのは、ちょうど先日(昨年9月くらいだろうか)に読んだ、「銀河鉄道の夜」にとてもよく似ている、ということだった。

ちょっとこのふたつを比較してみたい。
いくつかの共通点と、違いが見つかりそうだ。

ストーリー構造が似ている

まず思ったのがこれ。

ともに”子ども向け”にかかれた、“旅が中心となっているお話”なのはもちろんだが、より詳しくみてみたい。
まずどちらの話も、

  • 語り手(物語の視点):飛行士/ジョバンニ
  • 話の中心人物:星の王子さま/カムパネルラ

という構図をとっており、星の王子さま・カムパネルラはどちらも死ぬ結末だ(もっとも、どちらも死とは明言されてはいないが)。

また、この四人の人物も、置かれている状況がそれぞれに”孤独”な状況であるのも共通点。
それぞれの孤独のなかにあるがゆえに、どの人物も内省的な方向を向いている。

さらに作中中盤は、どちらも旅の途中で出会う人々が、かわるがわる現れる形式。
そして、その一人ひとりが何かの象徴であることを示唆しているようなつくりだ。

序盤・中盤・終盤に至るまで、非常によく似たストーリー構成であることが窺える。

テーマも似ている

作品自体の持つテーマも似ている。

「星の王子さま」で、象徴的なセリフを抜き出すなら以下の一言だろう。

「いちばんたいせつなことは、目に見えない」

これはキツネが口にするセリフだ。

このキツネが示唆していることを、あえて一言で言ってしまうのならば、“愛”だろう。

無数のバラよりも、自分のバラこそが特別な存在となっている話を通して、このことを伝えている。

一方、「銀河鉄道の夜」で一文抜き出すならこちらではないだろうか。

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」

こちらはジョバンニが終盤に発する台詞。

こちらは、直前の台詞で
”僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸さいわいのためならば僕のからだなんか百ぺん灼やいてもかまわない。“
とあるように、“みんな”に対しての、自己犠牲的な、「慈悲」とでもいうようなことを指しているようだ。

ここまでの話だと、この二つの言葉が指す事柄は対照的のようにも思える。
しかしながら、星の王子さまのラストシーンをみてみよう。

「でもそのほうがいいんだ。ぼくの星は、夜空いっぱいの星のなかの、どれかひとつになるものね。そうしたらきみは、夜空ぜんぶの星を見るのが好きになるでしょ……」

このシーンによって、“特別なひとり”への愛は、無数への開かれた愛へとかわっていく。
これによって、銀河鉄道の夜と同じスケールの視点へ繋がっていくように思う。

ここでは便宜上「愛」「慈悲」ということばを用いたが、作中では「大切なもの」「さいわい」ということばのみで、それが明確には語られていない。

一見この二者は対照的なようでいて、読み解くと同じテーマについて、

  • 「星の王子さま」では、“帰納法的”に
  • 「銀河鉄道の夜」では、“演繹法的”に

描かれているように思う。

作品の背景について

ここで、それぞれの作品がかかれた背景に目を向けてみると、

両者が互いのことを知ってる可能性はほぼないと思うが、同じくらいの時代に、これほど類似した作品が書かれているのが興味深い。

と同時に、だからこそ両者の違いがはっきりわかる。

この違いは、たんなる個人の作家性というより、それぞれの文化的背景からくる死生観や思想、宗教的なちがいのように思える。

まとめ

という感じで、2作品を見比べてみた。
作品についての理解も、自分のなかですこし深まった気がする。

どちらの作品も、作者が晩年にかいたもの。
その描かれてるテーマについても、そのような境地だからこそ見えてくるものがあったのかもしれないな。

有名な作品でも、読んでないものがたくさんある。
最近あまり本を読んでないから、今年はそういう本にチャレンジしてみてもいいかもしれない。

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