「三十歳までなんか生きるな」と思っていた、という本がある。
保坂和志のエッセイ。
ぼくも30歳までなんか生きるなと思っていた。あるいは、30歳まで生きてるんだったらぼくはGLAYのTAKUROみたいになりたいと思っていた。中学生のぼくはGLAYが好きで、TAKUROみたいな大人になりたいと思っていた。当時のTAKUROがそれくらいの年齢だったから、意識してたんだと思う。30歳。意識しなくなってたけど、その名残はたぶん今の自分にも影響してる。
中学生のとき、TAKUROの胸懐という本を読んだ。
30になったら、こんな大人になりたいと思っていた。
なれなかった。なんにも成せなかった。三十にして立てなかった。
昨夜、つまり二十代最後の夜に見た夢は、悪夢だった。無数の怖い話。
最後の、自分の叫び声で目覚める瞬間が脳裏に焼き付いている。フードを被った何かは、間違いなく死神だった。死神らしい黒いフードじゃなくって自然な装いだったけど、“あ、殺される”と思った。本当に怖かった。
ほんの一瞬だけ逃げるか迷った気がする。あのとき夢の状況に身を任せていたらどうなっていたのだろう。忙しくて余裕のない仕事中、昼休憩で弁当を食べ終わったあとぼんやり考えていた。
太宰治「人間失格」の冒頭と最後を思い出す。
恥の多い生涯を送ってきました。
ただ、一さいは過ぎていきます。
明日もいつも通り仕事で、20代の間ずっと続けてきたような生活を続けてしまう。繰り返してしまう。なにやってんだ自分、というこれは20代前半でかいた台詞だ。大人になんてなりたくなかった。これも。そういえば30になる男の誕生日を書いた話もあった。そうか。もうそんな歳か。
確認すればするほど、なんにも成せなかったと思う。あの頃繰り返し聴いたGLAYの曲を、久しぶりに聴いてる。